猿でも分かる電力自由化の歴史

福島原発の一件以降、東電への不信の高まりから東電の地域独占はよくない!とか国有化されたら会社分割だ!とか、電力自由化に対する関心が高まってます。では今までの電力自由化の歴史はどうだったのか?を振り返ってみようかという話。まずはこういう時に役に立つのはウィキペディア先生
電力自由化 - Wikipedia
全く分からないwというわけでウィキペディア先生を補足する形で書いていきます
1.独占の時代(1995年前)
1995年以前は電力事業を営むものは"電力会社"と電力会社に電気を供給する"電源開発(電発)や日本原子力発電(原電)"及び電力会社と民間会社で共同出資で設立された共同火力に限定されてました。電発や原電や共同火力はあくまで電力会社へ電気を売るだけであり、消費者に電気を販売するのは電力会社の独占事業でした
2.卸売りの時代(1995年〜)
折からの規制緩和とか"日本の電気は高いんじゃ”という産業界からの要請を受け、電力自由化が始まります。段階を踏んで進めよういうことで電発や原電や共同火力じゃなくても誰でも電力会社に電気を販売できることになり、電力会社は入札で電源調達が可能になりました。どんな企業が落札したかというと1996年はこんな感じで1997年はこんな感じ。両年共約300万KWが落札されてます。鉄鋼、石油、セメント、いろんな業種から参入してます。面白いところでは大阪ガスも。お前、電力会社は敵じゃなかったのか!電力会社の下請けやってどうするw
そう言えば今回の震災で話題になった住友金属のこのニュース
日経BP ESG経営フォーラム
これもこのたぐいの発電所で"自分で電気を使わず東電に協力するとは住金カッケー”というわけではなく、元々東電に電力を供給する目的の発電所だったのです。あと、この時に特定電気事業者とかも認められてますが割愛
3.小売の時代(2000年〜)
次の段階として"誰でも消費者に電気を売れるようにしようず”ということになりました。ここで問題があります。自由化しても電線は電力会社のを使わないといけないわけです。この電線使用代という"しょば代”を法外な金額を要求されたら誰も電力事業なんてしません。ここで電力会社を"発電会社”と"送電会社”に分けるという”発送電分離”が議論されました。しかし発送電分離は実現しませんでした。恐るべし電力業界の暗躍。ではなく、この時の決め手は"電力供給の最終責任”がありました。例えば新規参入業者を買うことにした場合、発電所が止まったらどうするか?ソフトバンクみたいに電気を止めても平気な体質の会社だったらどうするよ。停電!というわけにはいかないので、電力会社がバックアップします。つまり電力供給の最終責任は電力会社が担うことで安定供給を担保するということもあり、発送電分離は行わず、発電と送電の会計を分離して、送電費用を明確にするという決着をみました
で、自由化された結果、こんな会社が電力事業に参入してます
http://www.enecho.meti.go.jp/denkihp/genjo/pps/pps_list.html
この中ではガス会社を親会社にもつエネットのシェアが大きい。ですが一般的には全く知られていないと思います。なぜなら、ここでも記載されてるように新規参入者のシェアは自由化分野の2%程度しかありません。なお自由化の範囲は2000KW以上から順次拡大され50KW以上の産業業務用に拡大してますが、家庭用は未だ電力会社の独占です
4.市場経済の導入(2003年〜)
こうして誰でも消費者に電気を売れることになりましたが、更なる自由化の拡大として"電気の市場を作ろうず”ということになりました。こうして電力取引を行う日本卸電力取引所が設立されました。電力会社も新規参入業者も取引に参加してます。で、実際取引量はどれくらいかというと2010年の最大で約130万KW。少な!まあ電力会社であれ新規業者であれ、基本的には自分の客の電気は自前で準備してますからね
というわけで、電力自由化は進みましたが、余りにも規模が小さいので誰も知らないというのが実態。ちなみに家庭用の自由化は2007年に議論されましたが、今ですらほとんど新規参入業者がないのに手間のかかる家庭用をやる奴はおらんやろ、JK。ということになりました
http://ktai.st/~electricpower/new41.html